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アメリカンヴィンテージ家具 La’Naleo (ラナリオ) オーナー 中村 陽 さんの紹介

アメリカンヴィンテージ家具 La’Naleo (ラナリオ) オーナー 中村 陽 さんの紹介

ブランチアベニューがおすすめしたい会社・お店のご紹介
【アメリカンヴィンテージ家具 La’Naleo (ラナリオ) オーナー中村 陽さんの紹介】
– Recommended by BRANCH AVENUE –

インテリアショップが大好きな、ブランチアベニュー のスタッフAIが大須で発見した、アメリカンヴィテージショップのご紹介です♪

大須に2020年4月にオープンしたアメリカンヴィンテージショップ“La’Naleo (ラナリオ)”。

ラナリオ外観3

ヴィンテージの家具が好きな方も、そうでない方もインテリアに興味がある方には、是非知って頂きたいブランチアベニューオススメのショップです♪

ラナリオ店内2

そんなセンスの良いヴィンテージ家具を扱うのが、オーナーの中村 陽さんです♪

中村さん5

▲優しい笑顔で迎えてくれます♪

中村さんの家具に対する想いから、La’Naleo (ラナリオ) を開くに至った人生の道のり、そして、中村さんが抱く今後の展望まで、今回掘り下げて聞いてきました!!

中村さんの人柄はもちろんの事、中村さんのおばあちゃんから始まった、偶然とは思えない必然と奇跡のストーリーを、中村さんの言葉で是非お楽しみください♪

 

1、家具好きのルーツ。

ラナリオ家具3

 

生まれは名古屋の中村区。
大須ではありません(笑)
※なぜ大須なのかはのちほど。

小さい時から空間を作りあげるのが好きでした。
秘密基地なのもその一つですね。

空間に限らず、何かをゼロから作りあげる作業が好きなんだと思います。

幼稚園の頃の夢が“大工さんになって家を作る”だったので、それは間違いないですね。

こうお話しすると、内向的な性格なのかと思われがちですが、僕自身は外に出るのが大好きな性格です。
逆に好奇心旺盛な活発な子供でした。

そんな色んな好奇心の中、空間づくりや雑貨やインテアが好きかもと自覚し始めたのは、中学生の時ですね。

中学卒業して、進路決める時に未来の自分の職業を考えた際、ただ会社員になるのは絶対嫌だったんですよ。
そこで、何をしようかと考えた時にに真っ先に頭に思いついたのが、家具雑貨でした。

家具を作りたいなとか、そういうのが楽しそうだなとかとか漠然と考えていましたね。

2、おばあちゃんから助言。

“会社員になるのは嫌”
その想いは、高校生になっても変わらず、高校出た先の進路は大学へは進学せず、働こうと考えていました。

そんな僕は、この時の意に反してまさかの大学に進学する事になるんですが、この大学進学には、僕とおばあちゃんとの間で起こった、僕にとってはおばあちゃんに導かれたストーリーだったんですよね。今思うと。

高校2年生の時に、おばあちゃんが介護施設に入っていたんですが、ちょこちょこそのおばあちゃんに会いに行ってたら、時期が時期だった事もあり、今後の僕の進路の話しになったんです。

僕は大学に魅力を感じてないし、お金を早く稼ぎたいのもあり、将来的に自分で何かをしたいと思っている胸をおばちゃんに話しました。

その時に、まだ僕自身のやりたい事が明確に決まっていない事を察したおばあちゃんは、「とりあえず、明確なやりたい事がないなら、大学に行ってから考えても遅くないんじゃないの?」と助言をくれました。

そのおばちゃんの言葉が、なんとなく僕の心を揺らし、大学進学を不思議と意識し始めていました。

ですが、それまで受験などしないつもりだった為、勉強など全くしてこなった僕は、受かる自信はないけど、とりあえず大学受験をやるだけやってみるわという、消極的な決心を親に伝えました。

その時はまだ、“とりあえず受けてみる”程度の決心だったので、正直大学受験をなめていました。
勉強はとりあえず程度にしかおらず、バイトも遊びも平行してしてましたね。

 

3、おばあちゃんの死

そんな僕が、心を入れ替えてちゃんと大学受験に挑もうと思ったのは、受験の願書を出す日のことでした。

その日僕は、勉強もせず、外で遊びほうけていたのですが、その日おばあちゃんが亡くなったという連絡が入ったんです。

その時僕は、何でか知らないけど、「俺、勉強もせず何やってんだろ。」と心に自然と浮かんできたんです。

ここで僕の「ちゃんとやろう」のスイッチがようやくかかり、その日に願書を出し、大学受験への決意を新たにしたんです。

そして、おばあちゃんの通夜の日、僕の大学進学を楽しみにしていたおばあちゃんの気持ちを、父親から聞かされた時、「マジで大学に進学したい」という思いにかわりましたね。

おばあちゃんの言葉がなかったら、今の僕はありません。

 

4、先生達の応援

勉強

でも、時は既に二次募集の頃で、それまでに出した受けた大学は、当たり前ですが全部落ちていました。

でも、人って入れないとなると無性に入りたくなるのか、その頃の僕は「絶対大学に行きたい」に変わっていましたね。

でも、現実問題受かる見込みがない。。。

そんな僕は、もう既に高校は卒業を迎えていたんですが、担任だった先生に相談して、その高校の姉妹校の大学に推薦のAO入試を受けさせてもらえる事になりました。

その時の校長先生も、担任の先生も、小論文の先生も、先生方みんなが僕の受験を応援してくれたお陰で、ギリギリ滑り込みで大学に合格する事が出来たのです。

今思うと、おばあちゃんの死が僕の意識を変えてくれたお陰で、今の僕があるんだなと思えてきます。
大学受験のきっかけをくれて導いてくれた、天国のおばあちゃんに本当に感謝しています。

 

5、英語なんて興味のなかった僕がアメリカに行く事になった経緯

英語

あの当時の僕にとって、英語なんてただの科目の一つにすぎなかったんです。
だから、当然全然興味なんてなかった。

だけど、これも運命かな僕が進学した大学が「国際大学」だったんです。。。

なので、英語は必修科目だったし、全校生徒の半分以上が留学生の外国人で、大学一年生の時に必修で一週間海外に行かされるという学校だったので、英語が得意な生徒ばっかりの中で、僕だけ置いてけぼりをくらいましたね。

それを顕著に感じたのは、その大学一年生の時の海外研修でした。

国は各自好きな場所を選べるので、せっかくなかなか行けないヨーロッパにしようと思いドイツを選択。

ドイツと言っても、僕ら研修生には英語でコミュニケーションとってくれるので、基本ドイツでの生活は英語でした。

そこで、皆んなが現地の子達と楽しそうに話しているのを見て、自分の喋れなさにムカつき始めた時、僕の友達が飲み過ぎて倒れてしまい、周りの子達が色々英語で立ち回る中、何も出来なった自分の不甲斐無さを悔やみ、そこから真剣に英語の勉強をする事になりました。

なので、この大学じゃなかったら今の僕はないかもしれません。

となると、この大学への進学も必然だったとも言えますね。

その研修から帰ってきてから、その後大学2年生の時、大学として新たな留学支援プロジェクトが始まる事になりました。

僕の行った一年生の必修科目の研修の代わりに作られた、新たな留学支援プロジェクトです。

今思うと、一年生の海外研修も参加出来て、新たな留学支援プロジェクトにも参加出来た僕はとてもラッキーだったし、その2つどちらが欠けてても今の僕につながってないかも知れないと思うと、これもまた必然ですね(笑)

その頃の僕はめちゃくちゃ英語を勉強したかったので、その新たな留学支援プロジェクトにはもちろん参加しました。

しかし、希望であったアメリカの留学内容と期間が好みではなかった為、半年間がっつりいけるカナダに行くことにしました。

このカナダ留学で英語ペラペラにしてやると思って臨んだんですが、半年は意外とあっという間に終わってしまい、ようやく英語でコミュニケーション取れる感じを掴めてきたくらいに、期間満了を迎えてしまったので、僕的にはかなりフラストレーションでしたね。

そしてこのフラストレーションが、僕に卒業後のアメリカ留学を決意させました。

なので、大学の残り2年は留学の資金稼ぎの為のバイトと、学校内での英語の勉強に明け暮れる日々を過ごしましたね。
幸運にも、国際大学だったのでネイティブの留学生が沢山いたのは本当にありがたかったです。

ホント国際大学でよかったなと後になって思いますね(笑)

 

6、息子に重ねた過去の自分への父親の思い

そんな中、就職活動の時期になってきた時、普段単身赴任で家にいない父親が家にたまたま帰ってきていて、卒業後の進路の話をする機会がありました。

その時初めて、卒業後アメリカに留学し、向こうで経営学を学びたい旨を伝えました。

いや、行けるなら行きたいけど、そんなお金ないやんと、冗談交じりにお酒を飲みながら聞いてる父親話と、その日は話して終わりました。

しかし、翌日母親から「お父さんが、留学に必要なお金の見積もりと、人生の計画書を書いて出せと言ってたわよ」と言われて正直ビックリしました。

昨夜、酔っ払いながら聞いてたくせに、ちゃんと考えてくれてた事に驚いたんです。
なので僕もしっかり書こうと思って、10年計画書と見積もりを父親に提出しました。

そしたら、それを見た父親は二つ返事で「わかった。行って来い。」と言われてめちゃめちゃビックリでしたよ。

そもそも僕の父親は、お金にとっても厳しくて、簡単に欲しいものは買ってくれないし、欲しいものは自分で稼いで買えスタンスの人だったんで、まさか僕の留学にふたつ返事でOKしてくれるなんて、夢にも思っていませんでした。

あとあと母親から聞いたら、実は父親も若い時にアメリカに行こうとしていたらしいんですね、初耳でしたけど。

でもその時、父親の母が倒れちゃって、長男だった事もあり行く機会を失って諦めてしまったらしいんです。
その時の夢を僕に重ねて、行ける時に行かしてやりたいと思ってくれたんでしょうね。

僕自身も、無意識に自分の父親と同じ事をしようとしていた事に、驚きでした。

また、これも必然なんですかね。ホントに不思議ですが(笑)

僕のこれまでの道のりって、節目、節目にいろんなタイミングが重なって、今の僕になってるから、たかが偶然っていう言葉では片付けられないんですよね。

本当に人生って不思議ですね。

 

でもやっぱり、大学進学は今の僕を作る、いいきっかけになりましたね。
様々な価値観の多種多様な人達に触れるのが、楽しかったです。

 

7、夢のアメリカ留学

アメリカ留学

父親の支援のおかげで、アメリカの大学院に留学出来ました。

その大学院で経営学を学ぶうちに、自分が好きな家具で輸入雑貨のお店が出来たらいいなと考え出し、今の僕に繋がる、未来のビジョンがようやく固まり出しました。

今まで自分が漠然と持っていた、点と点がようやくギュッと一つにまとまっていく感じでしたね。

そして、僕が行っていた大学は、卒業したら1年間働ける権利を貰えんですが、その時僕が働いてみたのはネットショップのお店でした。

で、そこは1年が終わると強制的に辞めないといけなかったので、その後何をしようかなと考えた時に、やっぱりやりたかったのが輸入家具の仕事ですね。

 

大学で僕が専攻していたのが、国際貿易のだったので、その後アメリカにある国際貿易関係の資格を取る為、数ヶ月間勉強しまして、資格を取得しました。

その後ビザも取得し、日本に帰らないまま6年間ほど念願のヴィンテージ家具屋で働きました。
父親に渡した計画書通りの道を歩んでいる自分に本当にビックリです。

そして、その家具屋が大きなお店ではなく、従業員の人数も少なかったことで、業務の全般を担っていたのも、今に繋がる大きな実践勉強になりましたね。
その経験が、今に大きく生きています。

そして、父親に渡した計画書に10年の留学と明記した通り、約束の10年で日本に帰ってきて、1年日本に慣れる為の時期を過ごし、その後このお店をオープンしたことで、長年の夢を叶えることが出来たというわけです。

節目節目のタイミングやチャンスを逃さずに、ちゃんとその流れに乗ってきたおかげで今があるなと、すごく感じますね。

8、祝!La’Naleo (ラナリオ)オープン。夢が叶った瞬間。

ラナリオ外観その2

 

いざお店を実際オープンするってなった時に、やっぱり多くの人に来て知ってもらいたいという気持ちが一番だったので、他に候補が上がっていた場所より値段は上がるけど、人通りの多い大須という立地に決めました。

オープンのタイミングが丁度、コロナが本格的に広がり出した時期と重なりましたが、僕の中でコロナだろうが、なかろうか何かしらのトラブルはつきものだと思っていたんで、コロナだから特別焦ったという事はなかったですね。

逆に、これから続く経営の中でスタートに大変な事を経験する事は自身の財産になると思っています。
どん底からのスタートなら、これから上がっていくしかないみたいな。
自分のストーリーとして語る上でも、そのほうがかっこいいかなと(笑)

悩んでもビビってるだけで立ち止まっても、何も解決しないので、これをどう乗り越えるかを考える方が絶対いい。

なので、そんな貴重な経験をオープンの時に僕は出来て本当に良かったです。

今まで自分が歩いた道をこうやって振り返ってみて、本当後悔とかないんですよね。
大学に進学するきっかけをくれたおばあちゃんに本当に感謝です。

ーーーーーーーーーーー

〜あとがき〜

 

今後の展望としては、自分のオリジナル家具ブランドを作ってみたいと語る中村さんの目は、とてもキラキラしていました♪

夢を叶えて大きく飛躍していく中村さんの今後が楽しみです!

中村さん3

 

 

▼中村さんのお店“La’Naleo (ラナリオ)を知りたい方はこちらをご覧ください。

 https://branch-avenue.com/company-shop-recommended/101912/

ラナリオ外観その2

▼中村さんが扱う商品について知りたい方はこちらをご覧ください。

 https://branch-avenue.com/product-service-selected/102206/

ラナリオ店内


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<店舗情報>

La’Naleo (ラナリオ)
〒460-0011 愛知県名古屋市中区大須1-35-42
Tel:(052) 898-4562
HP:https://www.la-naleo.com/
Email:info@la-naleo.com
LINE:@lanaleo2020

Open
平日  12:00〜20:00
土日祝 11:00〜20:00

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